そこは臨海の工場地帯。
夜になると人の気配は無い。
工場の照明がまるで電飾のように光り、工場の無機質な風景を幻想的な景色に変えている…



都内に勤務するナギサ。25歳。

大学卒業後、念願だった銀行に就職して3年。
どちらかというと大人しい性格だが、仕事を確実にこなし、同僚や後輩からの信頼も厚い。
地方出身の彼女は、実家の家計を援助するため、毎月の仕送りを欠かしたことがない。

「大学に行かせてくれたんだもの、当然の親孝行よ、お母さん」と電話で明るく話すナギサ。

同年代の女性なら流行やオシャレに夢中になる年頃だけれど、仕事が終わるとまっすぐ部屋に帰る毎日である。



ケンジ。31歳。

中学1年の夏、父親が破産し逃走。
母親は子供のケンジを捨て、さっさと別の男の所へ逃げて行った。
家族の崩壊。少年は己の運命を恨み、父を、母を恨んだ。

そして流転の生活が始まった。
食べるためには何でもした。万引き、盗み、恐喝…、女は犯した。
不安だらけの毎日。信じれるのは自分だけだった。

「なんで俺だけ、こんな苦労をしなきゃならねぇんだ!くそっ!くそがっ~!」と叫び、酒をあおる日々。

街で行き違う家族連れ、恋人達。
幸せそうな彼らを見ると、ケンジの他人への憎悪は増幅していった。
とくに女性への憎しみ。
子供だった自分を捨て、男に逃げた母親の面影がよぎる…
「どんな綺麗な姿をしてたって、女なんて所詮はメス豚だっ!くそが!くそがっ~!」
ケンジは昨日、盗んだばかりの車のアクセルを蹴るように踏んだ。



久々の残業で帰りが22時を過ぎてしまった。

こんなに遅くに帰宅することはめったにないナギサであった。
家賃を節約するため、部屋は都心から電車で90分ほどかかる所に借りていた。
駅から離れると民家も少なく、夜道は暗い。

突然、後方から車の照明がナギサの背後に迫ってきた。
その車はナギサに寄せるようにして静かに止まり、運転手が声をかけてきた。
運転手はケンジである。

ケンジ「すいません。この近くにコンビニありますか?」
ナギサ「コンビニですか?それならこの道を引き返して駅の方に…」

ナギサが道を説明するため視線を遠くに向けた瞬間!!
叫ぶ間もなく口をふさがれ、車の中に引きずり込まれた!
拉致である…